来年の春から秋口まで瀬戸内海の小島で老妻と過ごそうと思っていた。昔は600人超が住んでいた小島。いまは90歳を超えたみどりさんたち6人が住む。たわわに実ったレモン、甘夏、ゆず、すだち(写真1)。私と妻が15年以上も前に丈40cmほどの幼木を植えた。次の1本を植えよう。実がなるころには二人とも生きてはいないが。それでも植える。

 東京に帰る日。みんな、みどりさんまで船乗り場まで来て「待ってるよ、帰っておいで」と言って送ってくれた。昨年はもう二人いたのに。

 でも来年の夏は、沖縄に戻りたい。「戻る」そんな感情を産まれさせた、忘れてはならない沖縄の地、小道、空(写真2)。空っぽになった首里城跡に、涙が出てもそれでも向かいあいたい。あの空に向かって伸びる小道に立ち「帰って来たよー」と呼びかけたい。

 その先に特攻で沖縄の海に散った、散ったではなく散らされた21歳の叔父の記念の碑がある。

 叔父は、今、どのような思いで日本を見つめ、海の底で眠っているだろう。私は、叔父に恥じぬと報告できる生き方をしてきたか。私は8月23日に生まれた。

私は島の子だ。

(文責  清永賢二       2019・11・08)