2.ミッド(ウイズ)・コロナの時代(2020年4月7日~)

1)2020コロナショック

防犯・子ども見守り活動の組織が頭打ちから減少傾向を示し始めた199年末から2020年初頭、一斉に全世界を新型コロナウイルス禍が襲い始めた。20世紀初頭の第1次世界大戦の成り行きをを大きく揺さぶったスペイン風邪と同様なパンデミック・コロナウイルス禍である。2012年7月15日現在、罹患者は全世界で1,300万人を超えたと報道される。この世界的病のどす黒い渦巻きから日本も逃れる事はできない。

2020年4月7日、安部首相は「非常事態宣言」を発した。これにより国民生活は大きく制約され、自粛を余儀なくされることとなった。ちょっとした外出、小旅行など外出は大きく制限されることとなった。

 

2)停止する学校授業

既に2月17日に出されていた「全国学校休校要請」は、緊急事態制限によりさらに徹底されることとなった。ただし休校措置は地域ごと判断することとされた。例年の「学校春休み」は延長を重ねた。休校するのか、休校をいつ解きいつ再開するか、どのように再開するか、様々な検討・議論が繰り返しなされた。

 東京では全面休校となった。

 熊本県では、家庭学習を中心とする遠隔授業が行われた。

 4月17日発表の文部科学省調査では、全国の国・公・私立小中高等学校の94パーセントが休校となっていた。

 その後自治体ごと、教育委員会ごとに様々な形で授業が行われることになった。ある自治体では学校は通常通りの授業となったが、主な形としては学年別、あるいが教室ごとの分散授業が行われた。そのため子どもたちの登下校は不定期不規則なものとなった。

 

3)ストップする子ども見守りボランティア活動

当然、学校に通う子どもの居ない通学路の見守りボランティア活動は、全面的にストップする方向で動いた(これをコロナ・ショックと呼ぶ)。

高齢者を中心とする従来のボランティアも、高齢者ほどコロナウイルス禍感染の可能性が高いと言うことで通学路見守り行動を自粛しがちとなった。その延長で学校が再開されても登校時はともかく下校時は殆ど成されない状況となった。

例えばその代わり登校に際しては、保護者が近所の子を纏めて引率(愛媛県松山市の7月早朝目撃)、下校時も保護者が自分の子どもの下校時間に合わせて通学路の要所に立つ(都内某区で目撃)という状況となった。まさに「自分の子の安全は自分が守る」ことになったのだ。

コロナウイルス禍の下、子ども見守りボランティアがどのようなそしてどの位の日常活動を行っているかの全国調査は、現在(2020年7月15日)時点でなされているかの結果を目にしない。ただ体験的に言うなら東京文京区の朝、登校する子どもたちを土日祭日を除き雨の日も雪の日も子どもたちの登校を見守ったボランティアが姿を消した、あるいは文京区や豊島区・新宿区の通学路からボランティアの姿を見ることはなくなった。静岡県でも千葉県でも愛知県でも滋賀県でも多くのボランティアが通学路から姿を消した。彼ら彼女らは言う、出たくても出られないのだと。

おそらく2019年末までのボランティアによる組織的登下校見守り活動は、全国で間違いなく激減していると診られる(下図参照)。それだけ子どもを危機から守る防御壁は脆弱化したと言うことだ。子どもが危ない。

この稿続く:

(文責 清永賢二  清永奈穂                  2020・07・15)