先日、ある危機管理者の研修テキストを読んだ。皆さん頑張っている様子がうかがえ時代は過ぎた、との思いで読めた。ただその中の犯罪からの危機管理(防犯)論に関して「言葉不足」というか、私どもが開発した「ロケットダッシュ」という犯罪者と対峙した時の危機克服法についての「危険な迷信」というキャプション付きの記述があったからというのではないが、もう少しお勉強が必要なのではないかという想いを抱いてしまった。

 犯罪からの危機管理に絞って言うと、「危機」に向き合う危機管理には「その前」「その時」「その後」についての検討を進める必要のあることが「危機管理学」では常識化している。また個人で出来る危機管理法と自治体や企業で出来る管理法は次元が異なっていることにも注意しなければならない(2001年ロンドン大学でのケンブリッジ大等研究者を交えた状況理論共同討議から)。

「ロケットダッシュ」というのは、子どもが犯罪者に「腕をつかまれた」あるいは「抱きつかれた」その時どうするかの一つの対抗手段であることは様々な書き物で述べてきた。ロケットを飛ばしての撃退ではない。それを踏まえずに先の機構の研修テキストの著者は、大きなクマに小さな子どもが素手で対峙した時「勝てるでしょうか?」と疑問を呈し、そうした場合には「クマと出会わないようにする」「事前にクマを避ける(回避する)」ことが必要であり、事前回避には安全マップ作り手法が有益であると述べている。ちょっと待ってください、昨年からクマの出没に盛んに警鐘が鳴らされているが、実際にクマと向き合ってしまい死亡した方までいることを、この著者はどう考えているのであろう。

少なくともこの著者は、クマと向き合ってしまった「その時」とクマに出会わない「その前」の状況の判断が付かない、思いが及んでいないのではないか。南阿無保陀羅経。

はっきり言うと、犯罪から危ないという情報を事前に得る努力をしていても、それで「やる気になった犯罪者」がもたらす危機を回避できるのは安全マップで0~20パーセントにすぎない、という調査がある(2006年文部科学省科研費GP研究)。つまりいかに内容ある安全マップを作成しても、それで防げる危機はこの程度のことだということである。実際そうだろう、私どもが調べた調査結果ではあるが、これまで犯罪被害に遭った子ども全員がマップを作成しながらも被害に遭っている。

 ただ、だからマップ作りは無駄というのではない。

犯罪者の心に、そう言われそう警戒されている場所を避けようという心理(行動抑制効果)を産みだし、さらにやりやすいスキの多い場所に赴き、「今だ!」と飛びかかる「バイアスのかかった場所・時間選択効果」へと向かわせる(犯罪者にとっては、それだけ無理で危ない場所)。「その前どうする」ことへの心理的抑制作用という点からみると防犯カメラもそうであろう。カメラへの心理的抑制力が消えた時(最近の事件の多くに認められる。例えば上野や銀座事件)、犯罪は怖いものなしに発生する。おそらく警察の犯罪予防は、これから苦労することになろう。あるいは防犯カメラに新たな機能を加える技術開発がなされなければならなくなる。犯罪者は、日々学習し進歩する。特にIT社会において。

ともかく、まず最初にどの場所をどのように注意しなければならないか、そのポイントを犯罪者の視点に立って系統的合理的明確に示さない安全マップ作りは「お遊び」の意味しかない。そういう時代は過ぎた。迷惑を受けるのは教育現場だ。もう一度言う、どこが危ないか、なぜ危ないかを事前に系統的合理的に教え示さない「安全マップ作り」は単なるお遊びにすぎない。

危機管理者の研修テキストは、それが出来ているか?

私自身は子どもの安全確保策としての「安全マップ作り」を全面的に否定するものではない。現に別な視点から某情報機器作成企業へのマップ作り提案をステップ総合研究所の方々と準備を進めている。

ロケットダッシュを考え出した一人として私は以上のように考える。後ろから手をまわして抱きつかれたその時、器具を使わず別な手法があるなら教えてください。いつでもそれを取り入れます。

(文責 清永賢二     2024年2月28日)