22

3月

2011

「大地震に遭った子どもたち~日本海中部地震の教訓」

今回の東日本大震災は、近年の地震の歴史の中でも特異な部類に入ります。というのも、阪神大震災や中越の地震は、子どもたちが学校に行っている時間に起きた地震ではありませんでした。子どもの在校中、または登下校の時間に起きた大地震は1983年の日本海中部地震以来28年ぶりのことです。

その時子どもがどうしたか、そしてその後子どもたちがどうしたか、歴史から学ぶためにも、まず日本海中部地震の当時の記録をひも解く必要があるかと思います。

 

弊所特別顧問の清永賢二は、28年前の日本海中部地震が起きた直後、現地に飛び、子どもたちの様子をつぶさに見てきました(「大地震に遭った子どもたち」NHK出版 昭和59年)。

 

日本海中部地震でも、大勢の子どもたちが、先生たちや父母の目の前で一度に、雑作もなく、津波によって海のそこに引きずり込まれていきました。何の援助の手を差し伸べる間もなく、海底に次々と沈んでいく、あるいは学校の建物に押しつぶされ、日に追われて逃げまどう、、、そうした状況がたくさんありました。

 

日本海中部地震の場合、死者は104名、そのうち子どもは13名でした。遠足に来ていた小学校の子どもたちが、津波のため、うずまく海に引きずり込まれ、つぎつぎに海に消えていったことが、日本海中部地震の残酷さをより浮き彫りにしました。

 

こんなところで、こんな大きな地震が起きるとは思わなかった。こんな大津波がここに押し寄せると思わなかった。

青森、秋田で遭った人たちのほとんどがそういいました。

まさか、ここで、この時、私達が、、。

そう思った人々がほとんどだったといいます。

 

それは前触れもなく突然に、おそいかかり、たくさんの命を奪っていきました。

 

「4時間目の終わりころ、地震が来ました。

はじめ、地面がぐらっと動いた時は「地震が来たのか」と思っただけでした。

それは、私達の方へくる自信と言えば、弱いものばかりだったからです」

(秋田県N小学校 5年生 女子 「大地震に遭った子どもたち」より)

 

天災とよばれる現象が全てそうであるように、

日本海中部地震も何の前触れもなく突然に襲いかかりました。

(明日に続く)